こんにちは。台東区寿のキャリアコンサルタント兼社労士兼セラピストの松澤晋平です。
およそ3年半ぶりに続きを書こうと思います。前々回(第3回)と前回(箸休め)は業務と賃金/報酬に関する話でした。
今回は雇用型セラピストの技術研修に関する問題についてです。
雇用契約後の技術研修が有料で離職を阻害されている事例
以前、リラクゼーションセラピストとして採用された雇用契約のリラクゼーションセラピストが
「勤務中の施術で指が痛くなり休日に健康保険証を出して病院に行ったら腱鞘炎と診断された。指が痛いながらも、まだセラピスト勤務をしている。勤務開始から研修費用相殺に要する一定期間を経過していないので辞められない」
という話をしていたことがありました。
使用者の問題点
短い文章ですが問題点が本旨以外にも色々出てきます。
勤務中の施術で指が痛くなり休日に健康保険証を出して病院に行った
例えばこの腱鞘炎は労災(会社が保険料を払っている)疑いなので、健康保険を使うのではなく、(痛みが出たことを会社に申し出て)病院に行き、仕事中の作業が原因と思われる痛みがある旨を、医師に伝える必要がありそうです。
指が痛いながらも、まだセラピスト勤務をしている
これは使用者の腱鞘炎と診断された労働者に対する安全衛生管理(労働安全衛生法第23-24条あたり)や安全配慮義務(労働契約法第5条)に問題がありそうな部分です。腱鞘炎と診断された労働者を施術業務に就かせるのは、お客様に対する信義誠実義務でも問題になりそうです。
今回のスポットになる問題点
勤務開始から研修費用相殺に要する一定期間を経過していないので辞められない
いろいろ問題が出てきて最後になりましたが、今回話題にしたかったのがこの部分です。どうやら、この会社は自社が販売・提供するサービスに要する労働者への技術伝授の社内研修を、雇用した労働者に有料で指導しているそうです。どうやら、そこでかかった研修費用を一定期間勤務で償却免除するというそんな契約をしていたらしいです。
「セラピストとして採用してセラピストとして就業させるための研修は有料にしてよいものか」という問題です。
ちなみにこの問題は隣接の美容業で、すでに裁判が行われています。
美容室を経営する会社に職種を美容等とする準社員として就職した従業員が右会社との間で締結した、会社の美容指導を受けたにもかかわらず会社の意向に反して退職したときは入社時にさかのぼって一箇月につき金四万円の講習手数料を支払う旨の契約に基づいて、右会社が退職者に対し講習手数料を請求した事例。
労働基準判例検索-全情報 サロン・ド・リリー事件 浦和地裁 昭和61.5.30
美容師として雇用されて、一人前になるよう研修を受けてきた。社内の研修は1か月4万円だが辞めなければ請求しないという契約を結んだが、辞めたので入社月から退社月までの研修費用を請求されたという内容です。
結論から言うと使用者敗訴です。
原告が主張するようにいわゆる一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における従業員に対する指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる逕庭はなく、右のような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認め難く、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪う性格を有することが明らかであるから、結局、本件契約は、労働基準法第一六条に違反する無効なものであるという他はない。
労働基準判例検索-全情報 サロン・ド・リリー事件 浦和地裁 昭和61.5.30
「この美容師(労働者)に行った研修は、その会社で美容師として雇用した労働者に対して行うべき通常の研修(一般的な従業員に対する研修と同等のもの)です。したがって労働者にその費用負担をさせるのは不合理かつ費用返還として請求する『4万円/月*入社~退社までの月数の支払』は退職の自由を奪う労働基準法第16条違反なので、そんな返金契約自体無効になる」ということです。
(賠償予定の禁止)
労働基準法 – e-Gov法令検索
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
サロン・ド・リリー事件において、退職した美容師に対して使用者が労働者に対して当然に行う研修に値段をつけて、退職時に請求するのは、労働基準法第16条に定める賠償予定の禁止に抵触する、というわけです。
研修費用返還が有効な例もあるよ
野村証券事件(東京地裁 平成14.4.16)は、会社の自己申告制の海外留学制度を利用してMBAを取得した労働者に対して、留学後5年間の同社勤務をもって留学費用を免除する、という契約を取り交わしたものの、5年経過前に労働者が自己都合退職したので、退職から5年経過までの期間分を計算した額の費用返還を求めた裁判です。
返還が認められた要因をピックアップしてみました。
1.留学制度自体が自由参加で、その参加は業務命令や勧奨ではなかった
2.MBA取得は労働者の利益要素が大きい(人脈構築、自身の市場価値向上など)
3.高額な海外留学費を会社が貸付を行い、その弁済を労働者がするという契約に合意していた
サロン・ド・リリー事件と野村証券事件の差異
どちらも研修費用の返還請求ですが、この2件の差異は
『研修の実施がその会社で働くにあたって絶対に必要なものだったのかどうか』
だったということではないでしょうか。
雇い入れたリラクゼーションセラピストの技術研修費用の請求に戻って
先に挙げたセラピストの件を考えると、ほぼ、サロン・ド・リリー事件に合致しそうです。
タクシー会社が運転手希望の従業員に普通自動車二種免許の取得費用を会社持ちにして、やはり一定期間勤務を費用償還要件にしている事例を見かけます。
総合職として雇い入れた(運転手以外の様々な職に就かせるのが前提の)従業員のキャリアアップ支援という形とは思います。(タクシー会社の主力営業職となる運転手育成と考えると、個人的には少し考え込んでしまいますけど)
セラピストでも同じようなことができそうです。でもガラパゴスなセラピーの技術では労働者個人の市場価値はそんなに上がらないでしょう。
やっぱり研修費用負担が従業員をつなぎとめる鎖のようになるため、やっぱり労基法第16条に抵触しそうですね。
そんな鎖で従業員をつなぎ留めるサロンは、そもそも先に挙げたように、他にも問題が山積している可能性が高いですよね。
雇用契約を行うサロンの場合は、そういう問題をどう解決していくかを、一緒に考えていくのが社労士の仕事でもあります。現状でどういうリスクが存在していて、どんな形で改善できるかを提案していくという感じでしょうか。
思ったより長くなってきた
業務委託の場合の研修費用問題については次回にしたいと思います。
偽装請負の問題に拍車をかける消費貸借契約の存在。→消費貸借契約は別に奴隷契約じゃないんだぜ
こんなことを次回は書きたいと考えています。なるはやで。
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